トリチウム測定技術が解き明かすニュートリノの謎
富山大学水素同位体科学研究センターではおよそ60年前から国内のトリチウム測定及び取り扱い研究をリードし、現在世界トップレベルの研究をしています。このトリチウム測定技術がニュートリノの謎を解くカギとして注目されています。
まだわかっていない「ニュートリノ」
「物は何からできているか?」
長い間この問いに対する答えは探られています。これまで様々な研究者によって分子、原子、原子核とどんどん小さな単位が見つけられてきました。現在ではクォークとレプトンという素粒子がもっとも小さい単位の粒子だと考えられています。
ニュートリノはレプトンの仲間で3種類あります。宇宙で最も豊富な素粒子の一つです。もちろん私たちの周りにも満ちています。数百兆個ものニュートリノが1秒間に私たちの体を突き抜けていきます。しかし他の物質とほとんど反応しないので、それを感じることはありません。
ニュートリノはまだ謎の多い存在です。1930年に理論上存在を予測されていたものの、観測されたのはそれから20年以上も経ってからでした。その後、観測技術の発展とともにニュートリノの研究が進められ、2015年にノーベル賞を受賞した梶田隆章先生の研究で質量があることが初めて確認できました。これは重要な発見です。素粒子現象のほとんどを説明できる素粒子標準模型という理論では,それまでの実験からニュートリノの質量は0と仮定されていましたので,新しい理論を探求することが必要になったのです。
しかし質量が「ある」ことはわかっても、3種類のニュートリノのそれぞれの質量の「値」はまだ分かっていません。(梶田先生の実験ではニュートリノの質量に差があることが示されました。)
トリチウム測定技術でニュートリノの「質量」に迫る
現在、ドイツのカールスルーエ工科大学において、トリチウムからのβ線のエネルギーを精密に測定することでニュートリノ質量を求める研究(KATRIN計画)が進められています。ではどのようにして求めるのでしょうか。
トリチウムは放射性物質でとても不安定な物質であるため、安定した物質になるべく一定の時間で壊れます。壊れるときにトリチウムはβ線(電子)とニュートリノを原子核より放出します。
このときに出されるエネルギーの全体の値は決まっています。全体のエネルギーは電子の質量エネルギー、運動エネルギーと、ニュートリノの質量エネルギー、運動エネルギーの4つに分けられます。そのうち電子の質量エネルギーの値はわかっています。電子の運動エネルギーとニュートリノの運動エネルギーは、合計の値があることはわかっていますが、まだ測定されたことはありません。ごくごくまれに電子とニュートリノの運動エネルギーの合計の割合が、電子が100、ニュートリノが0になる時があります。この時電子の運動エネルギーを測定できれば、全体のエネルギーを構成する4つのうち3つの値が分かります。ここから計算でニュートリノの質量を求める研究がKATRIN計画です。
KATRIN計画では大量のトリチウムを使用し,トリチウムより放出された膨大な数の電子の運動エネルギーを測定します。この際,どれだけの量のトリチウムを測定に利用しているかを正確に知る必要があります。ここで、富山大学で培われたトリチウム測定の技術が必要とされているのです。
富山大学のトリチウム測定研究のこれまでとこれから
1956年11月、日本で最初のトリチウムが富山大学へと輸入されました。それからおよそ60年にわたり国内のトリチウム測定及び取り扱い研究を富山大学がリードしてきました。現在では富山大学水素同位体科学研究センターが研究の中心となっています。
これまで富山大学水素同位体科学研究センターでは、カールスルーエ工科大学物理工学研究所トリチウム実験施設と研究協力協定を通して連携をしてきました。2018年11月にはトリチウム測定に重点を置く研究協力協定を結び、さらに密接な連携とニュートリノの質量測定への貢献を目指すこととなりました。
2019年1月より、Marco Roellig博士が日本学術振興会の外国人特別研究員に採択され、研究協力協定のもと2019年4月まで、富山大学で研究を進めています。 「物は何からできているか?」に挑むKATRIN計画への関わりをはじめ、トリチウムの研究を進めることで、富山大学は世界の問いに挑み続けます。