未来を拓く:おもしろい授業?おもしろい研究

難病と社会学

掲載内容は当時のものです。

若くて健康な時を過ごしている人は、自分が重い病いをもつことについて深く考えないだろう。もし身近な人がそうなったり、あるいは亡くなったりすれば、少し現実感をもつかもしれないが、過ぎ去ってしまえば、やはりそのことについて考えなくなるのではないだろうか。

この研究は、難病になった人を社会がどのように支えられるかを考える。お金やサービスという点も重要だが、特に人間同士のコミュニケーションに焦点をあてている。病気の研究が社会学というのも意外に見えるかもしれない。病気といえば医学ではないのか。しかも、治らない病気の話だから、科学が勝利できないパッとしない領域ではないか、と思われるかもしれない。

『開かれた身体との対話』(晃洋書房)表紙

しかし、『開かれた身体との対話――ALSと自己物語の社会学』(伊藤智樹著、晃洋書房、2021年刊行)を読めば、少なくともそのようなイメージは変更を余儀なくされるだろう。ここで扱われているのは、ALSという過酷な病気である。運動神経が委縮して体は次第に動かなくなり、自分の力だけでしゃべることも、食べることも、そして呼吸することさえ難しくなっていく。そんな厳しい病気になった一人の患者と、彼を支えようとする人たちとの約3年にわたるやりとりを記録し、それが教えてくれるものを解説したのがこの本である。そこには苦しみとともに希望もあることが感じられるだろう。

ALS患者清水忠彦さんと筆者(『開かれた身体との対話』より)

科学が病気を治せるようにして、苦しみを無いものにするのが、確かに一番喜ばしいのかもしれない。しかし、人間がいつかは死ぬ存在である以上、そのプロセスをどう生きるか、そしてそれをどう社会が支えていけるのかに目を向ける学問も必要だろう。

伊藤 智樹 先生